「道徳教科書-考え議論する道徳教育のための指導案」について

 

道徳が「特別の教科道徳」となり、小学校では20184月から検定教科書を使った授業が始まりました。

 

文部科学省は、「特別の教科道徳」の出発に際して道徳教育を大きく転換させる、端的に言えば、「読み物道徳」から、「考え、議論する道徳」へ転換させるのだと言っています。「考え、議論する道徳」とは、問題解決型の学習や体験的な学習を通じて自分ならどのように行動するかを考える、自分と異なる意見と向かい合い、議論する中で道徳的価値について多面的・多角的に学び、実践へと結びつけ、さらに習慣化していく学び、異なる文化や意見を持つ他者と議論を重ね、「納得解」を得ようとする学びでもある、とも述べています。言われるままに行動するよう指導することは「道徳教育が目指す方向の対極」なのです。

 

しかし、教科書をみると文部科学省の言っていることは充分に実現しているとは思えません。たしかに「考え、議論する」教材としてふさわしいと思えるものもありますが、最初から答えがわかっているのではないかと思われるもの、教材のあとに、一つの答えを誘導しているのではないかと思われる設問があるもの、など今までと変わらない教材も見受けられます。

 

このままでは、これまでの道徳教育でよく見られた、ねらいを絞ってそれに沿った発言を取り上げ、ねらいに迫っていく、という授業は変わらないのではないでしょうか。「子どもが、教師の言わせたいことを察知して答える」「道徳授業は当てっこゲーム」という事態は変わりません。

 

このウェブサイトでは、各教科書の問題点を挙げ、「考え、議論する道徳」にふさわしい教材を紹介していきたいと思います。幸い文部科学省も、教科書に限らず広く教材を使用してほしい、指導方法を抑制的に考える必要はないと言っています。

 

授業で使える、新しい教材や、やり方を開発していこうではありませんか。

 *指導案は授業をする上での参考資料と考えてください。

 

 

  1. 評価については、学習指導要領解説の「~個々の内容項目ごとではなく、大くくりなまとまりを踏まえた評価とする~」とあるところから、個々の指導案には載せませんでした。 
  2. 学習指導要領解説「特別の教科道徳」編第5章「道徳科の評価」Q&A」を参考にしてください。 
  3. 授業は、学校や地域、子どもの実態に応じて行うものです。指導案を参考にしていただける場合でも、自由にアレンジしてお使いください。 

道徳教育の評価について

2018年度から教科となる「道徳」は、指導要録に評価を記入する欄ができました。評価について文部科学省は指導要領の解説で説明しています。この学習指導要領解説書をもとに、子どもたちの内面に踏み込むことのない評価事例を具体的に提案したいと思います。

Ⅰでは、2018年度から行われる評価についてQ&Aという形式で要点を説明します。次にⅡで、実際にどのような評価文例になるのか、具体例を記載します。評価は数字ではなく、記述による、となっているので、記述の仕方を例示しています。

最後にⅢで、おおもとになっている学習指導要領解説の、評価について記述されている部分を掲載し、どのように読み解いていったらよいかをコメントという形で説明しています。各コメントには番号がついています。

 

Ⅰ 学習指導要領解説 「特別の教科 道徳」編 第5章「道徳科の評価」 Q&A

1.道徳科の評価は子どもの内面を見ようとするのですか。

 

  そうではありません。授業のねらいとの関わりで子どもの学習状況や成長の様子を見ようとするものです。道徳教育の目標には「道徳性を養う」ことがありますが、道徳性は子どもの人格全体に関わるものであるから数値などによって評価してはならないと述べ、学習の様子、取り組み状況などから成長の様子を見るのだと言っています。

  このことは観点別評価はしない、と言っている、コメント9の部分とも関係があります。

  コメント4,7,9

 

2.道徳科では数値による評価はしないと言っていますが、記述によって段階別に行うことは良いのでしょうか。記述の表現によって取り組みの優れていた子どもと、そうでもない子どもを分けるというようなやり方をするということです。

 

  記述による段階別の評価も想定していません。道徳性は個人の問題である、道徳的な価値を理解したかどうかの基準は設定しない、などの記述からそう読み取れます。また、個人内評価であることからも段階別に評価を行うのは適切ではないと思います。

 

3.個人内評価というのはどういうものですか

 

  個人の変化、成長に注目して行う評価です。「個人内評価」は、子どもごとのよい点や可能性、進歩の状況などを積極的に評価しようとするものです。物差しはあくまでその個人だということです。なぜ個人内評価をするのかというと、道徳性というのはあくまで個人の問題であり、個々人で違いがあることが前提だからです。個人内評価をするためには本来は個人別の指導計画が必要ですが、大変な負担になるのでやり方については学校の実情に応じた検討が必要だと思います。

  個人内評価であることは、発達障害等のある子どもや外国につながりのある子どもへの配慮について考える際、特に重要であると述べています。 

   コメント7,8、15,16 27

 

4.学習活動に着目して評価する、と言いますが、内容項目は重要ではないのですか。

 

  内容項目は手がかりだと言っています。内容項目をおぼえるとか、例えば「思いやり」を持たなければならない、と言うことが大事なのではなく、具体的な状況の中で「思いやり」について考えることが重要です。光村図書の6年生版に「最後の贈り物」という話しが掲載されています。道徳の教科書では「最後の贈り物」のように自己犠牲をすることで、対象の人に「思いやり」を示す人が多く登場しますが、そうしたやり方に疑問はないでしょうか。自分がその立場だったら自分を犠牲にして「思いやり」をするでしょうか。また、お金をあげることが本当にその人のためになるでしょうか。いろいろなことを考えると何が思いやりかを簡単に決めることはできないのではないでしょうか。こうしたことを考えることが大事だということです。

   コメント12

 

5.学習活動に注目して評価するという時、それは内容項目毎に評価すると言うことでしょうか。

 

  違います。大くくりなまとまり、と表現していますが、大くくりなまとまりとして例示的にあげられているのは年間、学期というまとまりです。例えば「自分自身に関すること」を大くくりなまとまりと考えているわけではありません。学習状況に注目して評価するので、大くくりという言葉も「内容項目」の大くくり、ではなく、年間や学期などの時間的なまとまりが想定されています。

   コメント11,13、20

 

6.評価のための具体的な工夫としてどのような例が考えられていますか

 

  ポートフォリオ評価やパフォーマンス評価があげられていますが、その場合でも成果物自体を評価するのではなく、学習のプロセスが大事だといっています。例えば道徳の授業で行った学習活動の要点を子どもが文章でまとめるのはパフォーマンスですが、その文章の善し悪しを評価するのではありません。また、子どもがまとめた要点を記録しておいてファイルに綴じればポートフォリオということになります。子どもは記録がまとめられているポートフォリオを見て自分の学習を振り返り、次の学習につなげていくことができます。「自分の学習を振り返る」ことが子どもの自己評価ということになります。

   コメント22,23,24

 

 

7.通知表にも道徳科の評価を書いた方がよいのでしょうか。

 

  解説は、通知表についてはまったく触れていません。学校管理規則等、特別に規定がある場合を除いて、通知表は様式も含めて学校が決めることだからです。地域、子どもの実態を踏まえて学校が決めていけばよいと思います。

 

8.実際の評価文についてはどんな内容が考えられるでしょうか。

 

  例えば「自分とは違う考え方や感じ方に触れ、多面的、多角的に考えることができた」という書き方が考えられます。こういう評価を見れば、子どもは、「自分とは違う考え方」を聞くことはよいことだ、と考えるようになるでしょう。

  「“はしの上のおおかみ”の学習では、親切にしたときの喜びについて考えることができた。」

 という書き方だと、正解を示すことになり、子どもたちにこれが正しい答えなんだ、これからも正解は何か、考えていこう、ということになってしまいます。 また、個々の教材の内容に関連して評価していますが、もっと長い学習活動の中で見ていくことが必要です。見方も多面的ではないように思いますが、いかがでしょうか。

  道徳的なテーマを考えることは自分の中の価値観を検討することになるので迷うこともあると思います。小学校高学年になれば家庭の中で作られてきた価値観を子どもたちなりに持っているでしょう。それと違うことを聞けば反感を持ったり、迷ったりすると思います。そういうことを繰り返しながら自分なりの価値観を作っていくことになるはずです。「成長の様子」というのはそういうこと全てを含むことではないでしょうか。成長すなわち目に見える進歩、でなくても構わないし、「成長」の表現の仕方もいろいろとあって良いのではないでしょうか。

 

Ⅱ 評価の文例

1.評価記入例示の考え方 

価値項目(思いやり・親切・礼儀・規則の尊重・誠実・勤労・節度節制・友情・家族愛・感謝・生命尊重・愛国心)の達成状況を基準とすることはしない、特定の価値を押しつけることになるような評価はしない

 

2.例示(×はしない方がよい例)

(1) 多面的・多角的な見方へと発展しているか

・道徳的な葛藤場面の判断や心情を様々な視点で考えようとしていた。

・自分と違う立場や感じ方,考え方を理解しようとしていた。

・自分とは違う感じ方に触れ、多面的、多角的に物事を考えることができた。

・友だちの意見を聞きながら、自分が大切にしてきた感じ方や考え方を広げたり深めたりすることができた。

・道徳的な対立場面での行為を多面的・多角的に考えようとしていた。

・自分が持っていた価値観をより多面的、多角的に考えようとしている。

×「はしの上のおおかみ」の学習では、親切にした時の喜びについて考えることができた。

×「雨のバス停留場で」の学習では、きまりを守ることがお互いに気持ちよく生活するためには大切であることに気付いた。

(2) 道徳的価値の理解を自分自身との関わりの中で深めているか

・読み物教材の登場人物を自分に置き換えて具体的に理解しようとしていた。

・読み物教材の登場人物を自分に置き換えて考え,自分なりに具体的にイメージして理解しようとしていた。

・読み物教材の登場人物に共感したり,自分なりに考えを深めたりした。

・教材の人物の思いや行動を自分事としてとらえることができた。

・自分自身について見つめ、授業を通して自分の思いが新たになったことを表明することができた。

・友だちの意見を聞きながら、人との関わりに関して、自分が大切にしてきた感じ方や考え方を広げたり深めたりすることができた。

・多くの人に自分の考えを言ったり、人の考えを聞いたりすることによって自分の考えを深めることができた

×「かぼちゃのつる」の学習では、迷惑をかけたことを振りかえり、周りの人へ心を向けることの大切さについて気付いた。

×「雨の停留所で」の学習では、「信号を無視すると他の人に迷惑がかかる」などと具体的な例を挙げ、きまりを守ることの大切さについて話し合うことができた。   

 

Ⅲ 「第5章 道徳科の評価」とコメント

第1節 道徳科における評価の意義

(「第3章 特別の教科 道徳」の「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」の4)児童の学習状況や道徳性に係る成長の様子を継続的に把握し,指導に生かすよう努める必要がある。ただし,数値などによる評価は行わないものとする。

1 道徳教育における評価の意義

コメント1

 この節では、教育活動全体を通じて行われる道徳教育の評価について述べている。

学習における評価とは,児童にとっては,自らの成長を実感し意欲の向上につなげていくものであり,教師にとっては,指導の目標や計画,指導方法の改善・充実に取り組むための資料となるものである。

教育において指導の効果を上げるためには,指導計画の下に,目標に基づいて教育実践を行い,指導のねらいや内容に照らして児童の学習状況を把握するとともに,その結果を踏まえて,学校としての取組や教師自らの指導について改善を行うサイクルが重要である。

コメント2

 まず、学習評価は、指導の改善のためのものだという原則について述べている。

道徳教育における評価も,常に指導に生かされ,結果的に児童の成長につながるものでなくてはならない。「第1章 総則」の「第3 教育課程の実施と学習評価」の2の(1)では,「児童のよい点や進歩の状況などを積極的に評価し,学習したことの意義や価値を実感できるようにすること」と示しており,他者との比較ではなく児童一人一人のもつよい点や可能性などの多様な側面,進歩の様子などを把握し,年間や学期にわたって児童がどれだけ成長したかという視点を大切にすることが重要であるとしている。道徳教育においてもこうした考え方は踏襲されるべきである。

このことから,学校の教育活動全体を通じて行う道徳教育における評価については,教師が児童一人一人の人間的な成長を見守り,児童自身の自己のよりよい生き方を求めていく努力を評価し,それを勇気付ける働きをもつようにすることが求められる。そして,それは教師と児童の温かな人格的な触れ合いに基づいて,共感的に理解されるべきものである。

コメント3

 ここで説明されている「評価」という言葉は生徒に対しては「アドバイス」と表現した方がぴったり来る。アドバイスは聞いてもらえなければ意味がない。そこで教師と生徒双方の共感的な理解が必要なわけである。

 

2 道徳科における評価の意義

「第3章 特別の教科 道徳」の第3の4において,「児童の学習状況や道徳性に係る成長の様子を継続的に把握し,指導に生かすよう努める必要がある。ただし,数値などによる評価は行わないものとする」と示している。これは,道徳科の評価を行わないとしているのではない。道徳科において養うべき道徳性は,児童の人格全体に関わるものであり,数値などによって不用意に評価してはならないことを特に明記したものである。したがって,教師は道徳科においてもこうした点を踏まえ,それぞれの授業における指導のねらいとの関わりにおいて,児童の学習状況や道徳性に係る成長の様子を様々な方法で捉えて,個々の児童の成長を促すとともに,それによって自らの指導を評価し,改善に努めることが大切である。

 

コメント4

 現在、学校教育は「人格に係わる教育」を行うことになっているし、実際行っている。しかし公教育においては特定の人格に関わる教育目標は掲げていないし、特定の人格を押しつけることはしない、というのが憲法、教育基本法の考え方である。道徳教育という面からそのことを確認している。道徳科の評価も指導の改善のためだという原則について確認している。

第2節 道徳科における児童の学習状況及び成長の様子についての評価

1 評価の基本的態度

道徳科は,道徳教育の目標に基づき,各教科,外国語活動,総合的な学習の時間及び特別活動における道徳教育と密接な関連を図りながら,計画的,発展的な指導によって道徳性を養うことがねらいである。

道徳性とは,人間としてよりよく生きようとする人格的特性であり道徳的判断力,道徳的心情,道徳的実践意欲及び態度を諸様相とする内面的資質である。このような道徳性が養われたか否かは,容易に判断できるものではない。

コメント5

「容易に判断できないが、様々な工夫をすれば判断は可能だ」とこの後に続くわけではない。ではどうすればよいのかは、次に書かれている。先取りして言うならば、道徳性そのものを取り上げるのではなく、目標に沿って行われる子どもの学習状況や成長の様子を見取れと言っている。

しかし,道徳性を養うことを学習活動として行う道徳科の指導では,その学習状況や成長の様子を適切に把握し評価することが求められる。児童の学習状況は指導によって変わる。道徳科における児童の学習状況の把握と評価については,教師が道徳科における指導と評価の考え方について明確にした指導計画の作成が求められる。道徳性を養う道徳教育の要である道徳科の授業を改善していくことの重要性はここにある。

コメント6

 学習状況の評価を行うことは授業改善につながる、という原則を再度確認している。

道徳科で養う道徳性は,児童が将来いかに人間としてよりよく生きるか,いかに諸問題に適切に対応するかといった個人の問題に関わるものである。このことから,小学校の段階でどれだけ道徳的価値を理解したかなどの基準を設定することはふさわしくない。

コメント7 

「個人の問題に関わる」とした上で「どれだけ道徳的価値を理解したかなどの基準を設定することはふさわしくない。」と続いていることから個人の価値観に直接関することに基準を設けることがふさわしくない、と言っていると読み取れる。

道徳性の評価の基盤には,教師と児童との人格的な触れ合いによる共感的な理解が存在することが重要である。その上で,児童の成長を見守り,努力を認めたり,励ましたりすることによって,児童が自らの成長を実感し,更に意欲的に取り組もうとするきっかけとなるような評価を目指すことが求められる。なお,道徳性は,極めて多様な児童の人格全体に関わるものであることから,評価に当たっては,個人内の成長の過程を重視すべきである。

コメント8

 道徳科の評価は個人内評価であることを確認している。

 

2 道徳科における評価

(1)道徳科に関する評価の基本的な考え方

道徳科の目標は,道徳的諸価値の理解を基に,自己を見つめ,物事を多面的・多角的に考え,自己の生き方についての考えを深める学習を通して,道徳的な判断力,心情,実践意欲及び態度を育てることであるが,道徳性の諸様相である道徳的な判断力,心情,実践意欲と態度のそれぞれについて分節し,学習状況を分析的に捉える観点別評価を通じて見取ろうとすることは,児童の人格そのものに働きかけ,道徳性を養うことを目標とする道徳科の評価としては妥当ではない。

コメント9

 人格に直接関わることを、学びの様々な側面に分けて評価することのないように求めている。観点別評価は、学力をいくつかの観点から分析的に捉えようとするものである。そうした評価は道徳科の評価にはなじまないということを言っている。

授業において児童に考えさせることを明確にして,「道徳的諸価値についての理解を基に,自己を見つめ,物事を多面的・多角的に考え,自己の生き方についての考えを深める」という目標に掲げる学習活動における児童の具体的な取組状況を,一定のまとまりの中で,児童が学習の見通しを立てたり学習したことを振り返ったりする活動を適切に設定しつつ,学習活動全体を通して見取ることが求められる。

コメント10

 道徳科の目標から、例えば「自己を見つめようとしているか」「物事を多面的、多角的に考えようとしているか」「自己の生き方について考えを深めようとしているか」などといったように子どもの取り組み状況を見取るように求めていると考えられる。

その際,個々の内容項目ごとではなく,大くくりなまとまりを踏まえた評価とすることや,他の児童との比較による評価ではなく,児童がいかに成長したかを積極的に受け止めて認め,励ます個人内評価として記述式で行うことが求められる。

コメント11

 評価を内容項目毎ではなく、大くくりなまとまりで評価することや、個人内評価であることを確認している。道徳科の内容項目は,道徳科の指導の内容を構成するものであるが,内容項目について単に知識として観念的に理解させるだけの指導や,特定の考え方に無批判に従わせるような指導であってはならない。内容項目は,道徳性を養う手掛かりとなるものであり,内容項目に含まれる道徳的諸価値の理解を基に,自己を見つめ,物事を多面的・多角的に考え,自己の生き方についての考えを深める学習を通して,「道徳性を養う」ことが道徳科の目標である。

コメント12

 内容項目は学習を行う際の「手がかり」にすぎないことを確認したい。このため,道徳科の学習状況の評価に当たっては,道徳科の学習活動に着目し,年間や学期といった一定の時間的なまとまりの中で,児童の学習状況や道徳性に係る成長の様子を把握する必要がある。

コメント13

 大くくりなまとまりで評価するということは一つ一つの価値項目にこだわらずに学習状況を見ようとしていることになる。大くくりとは年間や学期といった期間を意味している。

こうしたことを踏まえ,評価に当たっては,特に,学習活動において児童が道徳的価値やそれらに関わる諸事象について他者の考え方や議論に触れ,自律的に思考する中で,一面的な見方から多面的・多角的な見方へと発展しているか,道徳的価値の理解を自分自身との関わりの中で深めているかといった点を重視することが重要である。このことは道徳科の目標に明記された学習活動に着目して評価を行うということである。道徳科では,児童が「自己を見つめ」「多面的・多角的に」考える学習活動において,「道徳的諸価値の理解」と「自己の生き方についての考え」を,相互に関連付けることによって,深い理解,深い考えとなっていく。こうした学習における一人一人の児童の姿を把握していくことが児童の学習活動に着目した評価を行うことになる。

コメント14

 道徳科の評価は、道徳性ではなく学習活動に着目して行うことを確認している。

なお,道徳科においては,児童自身が,真正面から自分のこととして道徳的価値に多面的・多角的に向き合うことが重要である。

コメント15

 自分のこととして向き合うということは、こういう場合にはこうするべきだ、などという一般的な ことではなくて自分が直面する現実的な文脈の中で考えるべきことを強調していると考えられる。 

また,道徳科における学習状況や道徳性に係る成長の様子の把握は,児童の人格そのものに働きかけ,道徳性を養うという道徳科の目標に照らし,児童がいかに成長したかを積極的に受け止めて認め,励ます視点から行うものであり,個人内評価であるとの趣旨がより強く要請されるものである。これらを踏まえると,道徳科の評価は,選抜に当たり客観性・公平性が求められる入学者選抜とはなじまないものであり,このため,道徳科の評価は調査書には記載せず,入学者選抜の合否判定に活用することのないようにする必要がある。

コメント16

 子ども個人個人がそれぞれ異なった文脈の中で考えることを相互に比較することの無意味さを強調している。 

(2)個人内評価として見取り,記述により表現することの基本的な考え方

 道徳科において,児童の学習状況や道徳性に係る成長の様子をどのように見取り,記述するかということについては,学校の実態や児童の実態に応じて,教師の明確な意図の下,学習指導過程や指導方法の工夫と併せて適切に考える必要がある。

児童が一面的な見方から多面的・多角的な見方へと発展させているかどうかという点については,例えば,道徳的価値に関わる問題に対する判断の根拠やそのときの心情を様々な視点から捉え考えようとしていることや,自分と違う立場や感じ方,考え方を理解しようとしていること,複数の道徳的価値の対立が生じる場面において取り得る行動を多面的・多角的に考えようとしていることを発言や感想文,質問紙の記述等から見取るという方法が考えられる。

コメント17

 子どもの発言や感想文などから、例えば「自分と違う立場や感じ方、考え方を理解しようとしている」などと評価することになると考えられる。

道徳的価値の理解を自分自身との関わりの中で深めているかどうかという点についても,例えば,読み物教材の登場人物を自分に置き換えて考え,自分なりに具体的にイメージして理解しようとしていることに着目したり,現在の自分自身を振り返り,自らの行動や考えを見直していることがうかがえる部分に着目したりするという視点も考えられる。また,道徳的な問題に対して自己の取り得る行動を他者と議論する中で,道徳的価値の理解を更に深めているかや,道徳的価値の実現することの難しさを自分のこととして捉え,考えようとしているかという視点も考えられる。

コメント18

 たとえば「他者への思いやり」という価値項目を、具体的な状況の中で考えることによって、「思いやり」とは具体的にはどのようなことなのか、迷ってしまったり、よくわからなくなってしまったりすることを「道徳的な価値の理解を深める」学習の活動の一過程として捉えたりすることが考えられる。

また,発言が多くない児童や考えたことを文章に記述することが苦手な児童が,教師や他の児

童の発言に聞き入ったり,考えを深めようとしたりしている姿に着目するなど,発言や記述では

ない形で表出する児童の姿に着目するということも重要である。

コメント19

 発言したり文章で表現したりすることが苦手な子どもにはその子どもにあった表現方法を工夫すべきであることを述べている。

 さ らに,年間や学期を通じて,当初は感想文や質問紙に,感想をそのまま書いただけであった児童が,学習を重ねていく中で,読み物教材の登場人物に共感したり,自分なりに考えを深めた内容を書くようになったりすることや,既習の内容と関連付けて考えている場面に着目するなど,1単位時間の授業だけでなく,児童が一定の期間を経て,多面的・多角的な見方へと発展していたり,道徳的価値の理解が深まったりしていることを見取るという視点もある。

 コメント20

大くくりの中で評価すべきことを別な視点から言っている。

ここに挙げた視点はいずれについても例示であり,指導する教師一人一人が,質の高い多様な指導方法へと指導の改善を行い学習意欲の向上に生かすようにするという道徳科の評価の趣旨を理解した上で,学校の状況や児童一人一人の状況を踏まえた評価を工夫することが求められる。

 

(3)評価のための具体的な工夫

コメント21

 この節では、これまで述べてきたことを具体的に行うための工夫を、例として述べている。例示であって教師が検討する際の助言であることを確認している。

道徳科における学習状況や道徳性に係る成長の様子を把握するに当たっては,児童が学習活動を通じて多面的・多角的な見方へ発展させていることや,道徳的価値の理解を自分との関わりで深めていることを見取るための様々な工夫が必要である。

例えば,児童の学習の過程や成果などの記録を計画的にファイルに蓄積したものや児童が道徳性を養っていく過程での児童自身のエピソードを累積したものを評価に活用すること,作文やレポート,スピーチやプレゼンテーションなど具体的な学習の過程を通じて児童の学習状況や道徳性に係る成長の様子を把握することが考えられる。

コメント22

 ポートフォリオ評価やパフォーマンス評価を例としてあげている。

なお,こうした評価に当たっては,記録物や実演自体を評価するのではなく,学習過程を通じていかに道徳的価値の理解を深めようとしていたか,自分との関わりで考えたかなどの成長の様子を見取るためのものであることに留意が必要である。

コメント23

 パフォーマンスそのものではなく、学習過程を評価することが重要であることを述べている。

また,児童が行う自己評価や相互評価について,これら自体は児童の学習活動であり,教師が行う評価活動ではないが,児童が自身のよい点や可能性に気付くことを通じ,主体的に学ぶ意欲を高めることなど,学習の在り方を改善していくことに役立つものであり,これらを効果的に活用し学習活動を深めていくことも重要である。発達の段階に応じて,年度当初に自らの課題や目標を捉えるための学習を行ったり,年度途中や年度末に自分自身を振り返る学習を工夫したりすることも考えられる。

コメント24

 子どもの自己評価などは教師の評価活動ではないが、広義の評価であることを説明している。子どもの主体的な学びのためには、子どもの自己評価は欠かせない。さらに,指導のねらいに即して,校長や教頭などの参加,他の教師と協力的に授業を行うといった取組も効果的である。管理職をはじめ,複数の教師が一つの学級の授業を参観することが可能となり,学級担任は,普段の授業とは違う角度から児童の新たな一面を発見することができるなど,児童の学習状況や道徳性に係る成長の様子をより多面的・多角的に把握することができるといった評価の改善の観点からも有効であると考えられる。

コメント25

 さらに工夫することにより、管理職を含めて他の教師も評価に関わることをすすめている。評価を広義に考えようとしていると考えることができる。

 

(4)組織的,計画的な評価の推進

コメント26

 この節で述べられていることは重要なことではあるが、こうしたことが行われるためには教師の労働環境を整えることが欠かせない。それなしには絵に描いた餅に終わらせるか、一方的な教師の負担に終わることになる。

 道徳科の評価を推進するに当たっては,学習評価の妥当性,信頼性等を担保することが重要である。そのためには,評価は個々の教師が個人として行うのではなく,学校として組織的・計画的に行われることが重要である。

 例えば,学年ごとに評価のために集める資料や評価方法等を明確にしておくことや,評価結果について教師間で検討し評価の視点などについて共通理解を図ること,評価に関する実践事例を蓄積し共有することなどが重要であり,これらについて,校長及び道徳教育推進教師のリーダーシップの下に学校として組織的・計画的に取り組むことが必要である。校務分掌の道徳部会や学年会あるいは校内研修会等で,道徳科の指導記録を分析し検討するなどして指導の改善に生かすとともに,日常的に授業を交流し合い,全教師の共通理解のもとに評価を行うことが大切である。

 また,校長や教頭などの授業参加や他の教師との協力的な指導,保護者や地域の人々,各分野の専門家等の授業参加などに際して,学級担任以外からの児童の学習状況や道徳性に係る成長の様子について意見や所感を得るなどして,学級担任が児童を多面的・多角的に評価したり,教師自身の評価に関わる力量を高めたりすることも大切である。

 なお,先に述べた,校長や教頭などの参加,他の教師と協力的に授業を行うといった取組は,児童の変容を複数の目で見取り,評価に対して共通認識をもつ機会となるものであり,評価を組織的に進めるための一つの方法として効果的であると考えられる。

このような,組織的・計画的な取組の蓄積と定着が,道徳科の評価の妥当性,信頼性等の担保につながる。また,こうしたことが,教師が道徳科の評価に対して自信を持って取り組み,負担感を軽減することにもつながるものと考えられる。

(5)発達障害等のある児童や海外から帰国した児童,日本語習得に困難のある児童等に対する配慮

発達障害等のある児童に対する指導や評価を行う上では,それぞれの学習の過程で考えられる「困難さの状態」をしっかりと把握した上で必要な配慮が求められる。例えば,他者との社会的関係の形成に困難がある児童の場合であれば,相手の気持ちを想像することが苦手で字義通りの解釈をしてしまうことがあることや,暗黙のルールや一般的な常識が理解できないことがあることなど困難さの状況を十分に理解した上で,例えば,他者の心情を理解するために役割を交代して動作化,劇化したり,ルールを明文化したりするなど,学習過程において想定される困難さとそれに対する指導上の工夫が必要である。

そして,評価を行うに当たっても,困難さの状況ごとの配慮を踏まえることが必要である。前述のような配慮を伴った指導を行った結果として,相手の意見を取り入れつつ自分の考えを深めているかなど,児童が多面的・多角的な見方へ発展させていたり道徳的価値を自分のこととして捉えていたりしているかといったことを丁寧に見取る必要がある。

発達障害等のある児童の学習状況や道徳性に係る成長の様子を把握するため,道徳的価値の理解を深めていることをどのように見取るのかという評価資料を集めたり,集めた資料を検討したりするに当たっては,相手の気持ちを想像することが苦手であることや,望ましいと分かっていてもそのとおりにできないことがあるなど,一人一人の障害により学習上の困難さの状況をしっかりと踏まえた上で行い,評価することが重要である。 

コメント27

 これまで説明してきた「個人内評価」が特に障害を持った子どもへの評価に際して試されることになる。「苦手」であること、「望ましいとわかっていてもその通りにできない」ことを他と比べずに評価するためには、本来、個々人の指導計画をつくる必要がある。

道徳科の評価は他の児童との比較による評価や目標への到達度を測る評価ではなく,一人一人の児童がいかに成長したかを積極的に受け止めて認め,励ます個人内評価として行うことから,このような道徳科の評価本来の在り方を追究していくことが,一人一人の学習上の困難さに応じた評価につながるものと考えられる。

コメント28

 個人内評価であることが、障害を持った子どもの場合、特に重要であることを確認したものである。

なお,こうした考え方は,海外から帰国した児童や外国人の児童,両親が国際結婚であるなどのいわゆる外国につながる児童について,一人一人の児童の状況に応じた指導と評価を行う上でも重要である。これらの児童の多くは,外国での生活や異文化に触れてきた経験などを通して,我が国の社会とは異なる言語や生活習慣,行動様式を身に付けていると考えられる。また,日本語の理解が不十分なために,他の児童と意見を伝え合うことなどが難しかったりすることも考えられる。それぞれの児童の置かれている状況に配慮した指導を行いつつ,その結果として,児童が多面的・多角的な見方へと発展させていたり道徳的価値を自分のこととして捉えていたりしているかといったことを,丁寧に見取ることが求められる。その際,日本語を使って十分に表現することが困難な児童については,発言や記述以外の形で見られる様々な姿に着目するなど,より配慮した対応が求められる。

コメント29

 ここでは充分に述べられていないが、「外国につながる子ども」が「問題を持っている」のではなく、他の子どもたちの問題を照らし出す存在であることに留意すべきである。そうしたことを留意できるかどうかは、道徳的な価値を多角的、多面的に考えることができるかどうかの試金石になるものと考えられる。